我が家のチーズフォンデュの歴史は古い。
あれは30年以上前、新婚1年が少し過ぎた冬、館林厚生病院内の職員宿舎に2人で住んでいた頃の話である。何かの雑誌で、下から小さな炎を浴びた赤いフォンデュ鍋の上で長いフォークの先に付いたフランスパンの小塊からトロリと垂れた黄色いチーズが、暗い背景から鮮やかに浮かんだ写真を見て、クリスマスにはボージョレ・ヌーボーを飲みながら、こんなロマンチックな食事がしたい、と思ったことがきっかけである。
早速、その写真によく似たフォンデュ鍋セットを探し回り、料理の本からチーズフォンデュのレシピを見つけて試作に取りかかった。エメンタールチーズとグリュイエールチーズ、ワインとコーンスターチ、これだけでできるはずだった。エメンタールチーズとグリュイエールチーズは小さなスーパーには見あたらず、やや高級なものも扱う大きな店でないと売っていないことを知った。ワインの種類は何でもよく、水でもよかった。コーンスターチも少ししか使わないし、家に片栗粉があるから……と、これが良くなかった。何度やってもチーズが分離したり、片栗粉の量を調節してもゼリーのように固まったりした。
やっと何とか格好が付いたので、群大からの友人で館林厚生病院で臨床検査技師をやっていた女子2人を招待して食べてもらったところ、「深堀君、これ違うよ。どこかレストランで食べてきたら?」などと言われてしまった。色々考えあぐねた末、片栗粉をレシピ通りコーンスターチに変更してチャレンジした。大成功であった!。レシピの重要性を知った。
翌年高崎に帰ってからは、私の両親も食べるというので、フォンデュ鍋を大きいものにすることになったが、適当なものが見あたらず、水炊きなどに用いる普通の土鍋を使うことにした。これがまた、大成功であった。鍋からダシが出るのか、使い古した素焼きの鍋ほどおいしく感じた。
チーズフォンデュを食べる日については、ボージョレ・ヌーボーにあわせて、その解禁日に近い休日、即ち勤労感謝の日を、家族が私に感謝し「私がボージョレ・ヌーボーを飲んで、チーズフォンデュを食べる日」とし、以来毎年の深堀家恒例行事となった。これは、米国留学中も続けた。私が獨協に移ってからは、勤労感謝の日ではなく、おおむねこれに近い土曜日に設定することにした。最近ではあちこち遠方に散った家族も、この日だけは、みんなチーズを食べに集まって来るのである。
それでは、現在深堀家に伝わるチーズフォンデュの作り方を伝授しよう。用意するものは、土鍋(お一人様用でも大丈夫)・保温器・撹拌用木製しゃもじ、長いフォーク、おろし器、エメンタールチーズ、グリュイエールチーズ、ドイツワイン(白ワイン、ドイツに拘らない。水でも良い)、コーンスターチ(必須)、キルシュヴァッサー(無くても良い)、ニンニク、フランスパン、オプション食材である。
まず、エメンタールチーズとグリュイエールチーズを一対一の量ですりおろし、土鍋いっぱいくらいの量を確保する。フランスパンは、2-3cm角の大きさに切っておく。ニンニク鱗片を半切し、切り口を土鍋の内側によくすり込んでおく。
土鍋に1-2cm程の深さでドイツワインを注ぐ。土鍋を火にかけて沸騰させる。弱火にしてから、沸騰したワインの中に、すり下ろしたチーズをすこしずつ加え、木製しゃもじでよく撹拌する。細かい固まりもなくなるまで、十分撹拌する。油性成分が上に浮いて分離しているようになるが気にしなくて良い。
ここで、水に溶いたコーンスターチを大匙スプーンで何杯か少しずつ加えながら、さらに手早く撹拌を続けると、次第にチーズと油が一体化してくる。好みの硬さになったら、キルシュヴァッサーを少量加えて撹拌する。保温器の上に移動させてできあがりである。
オプション食材を用意するなら、チーズを溶かす前までに用意しておく。お勧めの食材としては、定番の茹でジャガイモ、ニンジン、ブロッコリー、蒸しエビのほか、オクラ、アボカド、ミニトマト、ベビーコーン、カボチャ、スナップエンドウなども美味しい。ウインナーソーセージは子供が喜ぶ。箸休めには、ピクルスを用意するとよい。
こうして作ったチーズフォンデュは、味が最高で、スーパーで売っているチーズフォンデュもどきのものや、レストランのチーズフォンデュでさえ、「チーズ味のうどん粉」のように感じられてしまう。鍋から食材を引き上げてもチーズは切れることなく、伸ばせば天井まで達するので、しばしば途中切断を必要とする。このように作れば、誰でもどこでも上手においしいチーズフォンデュができてしまうのである。実際、獨協の6階の泌尿器科集会室でうまく作れたし、大学の自分の部屋でも作ることができた。
どうやってもおいしく作れてしまうチーズフォンデュを、どうぞ召し上がれ。鍋底にこびりついた、チーズのおこげもうまいよ。