京都のたぬき
       深堀能立

 私は、京都の「たぬき」が好きだ。「たぬき」といっても、動物のことではない。うどんである。京都の「たぬきうどん」は、関東の人々にとって一種のカルチャーショックである。関東人は、「たぬき」いえば「揚げ玉」、いわゆる「天かす」であると信じている。「たぬきうどん」、「たぬきそば」、皆、「揚げ玉」が入っている。「冷やしたぬき」なるものまで存在する。

 あれは、もう25年前、京都で泌尿器科学会総会が開かれた時のことである。かなり酔っていたので、どこの店だったかは忘れてしまったが、2次会の帰りの〆に「たぬきそば」でも食べていこうかと、後輩とふらっと小さなそば屋に立ち寄った時のことである。私は間違って「たぬきそば」でなく、「たぬきうどん」を注文してしまい、まあいいや、などと思っていたところ、出てきた代物をみると、「何じゃ、これは」、ということになった。「揚げ玉」は、どこにも見あたらず、ドロンとした汁の中に、短冊の「油揚げ」が沈んでいるではないか。私は「きつねうどん」を注文したのかと思い、店員に聞いてみると、これが「たぬき」なのだそうである。ふーん、と思いながら麺をすすると、「あちち…!」。あまり湯気が出てないので、それほど熱くないのかと思いきや、かなりの高温の麺が沈んでいたのである。さらに、この汁は、生姜風味でなんと上品なことか!体もホカホカ暖まって、非常に満足した一杯であった。私は、このカルチャーショックを多くの人に体験してもらいたくて、京都に行く人には必ず勧めるようになった。

 これが癖になって、京都に行った時には、必ず「たぬきうどん」を食べてくるようになったのだが、ある時、時間が無くて、京都駅で「たぬきうどん」を注文したところ、関東の「たぬきうどん」が出てきてしまった。京都の「たぬきうどん」は、京都の町で食べなくてはいけないのだということを学習した。今では、京都駅でも、京都の「たぬきうどん」が食べられるようである。 この「たぬき」ではあるが、いろいろ調べてみると、「関東と関西では違うのだ」ということは、かなり有名な話のようで、ネットでググると、大量の情報発信がされている。25年前には、こんな情報入手の手段は無かったのだから、観光関係の本を調べるか、行って食べた人の話を聞くしかなく、この美味しさとカルチャーショックを他人に教えたいと思うのは、もっともだったのかもしれない。地元の人たちから見れば、常識的なことも、住んでいる地域が異なれば、驚嘆に値することは数多くあることではあるが。

 さて、「たぬき」とは何か?関東では、天ぷらの「タネ」を入れない(タネを抜いた)揚げ物を「タネヌキ」と称して、これが「たぬき」になったという説が有力のようであるが、関西では、そばよりうどんが一般的に好まれ、油揚げの入った「きつねうどん」を基準とし(「きつねうどん」は大阪発祥のようである)、「きつねがうどんなら、たぬきはそばのことだろう」との発想で、油揚げがのったそばを「たぬき」と呼ぶようになったらしい。「きつね」が、「うどんからそばに化けた」事から「たぬき」とする説が根強い。したがって、大阪には「きつねそば」は存在せず、「たぬきうどん」も存在しない。「たぬき」と言ったら「そば」なので、関東人が言う「きつねそば」=大阪の「たぬきそば」なのである。では、関東人が言う「たぬきうどん」は、大阪では何と言うか?これは、「ハイカラうどん」あるいは「天かすうどん」と称される。そもそも、大阪では、「揚げ玉」が無料でテーブルに置いてあり、乗せ放題で好きなだけかけられるような店もあるようである。関東人が言う「たぬきうどん」は、「すうどん」の注文で食べられてしまうので、「揚げ玉がかかったうどん」を、一つの「商品名」と考える習慣が希薄なのだ。

  では、京都ではどうだ?京都では短冊切りした油揚げの上から葛餡を掛けた麺を「たぬき」と称する。うどんにもそばにも「たぬき」がある。生姜は葛餡に溶けているものと、葛餡の上にチョコンとのっているものとがある。また、九条ねぎを一緒にうどんにのせる。「きつねがドロンと化けてたぬきになった」、「あんかけは湯気が出ないがとても熱い。そこで、熱いのに熱くないとだます、化かすの意味でも「きつね」でないものになったようだ。

 では、即席麺は?エースコックには「たぬき」シリーズというのがあり、「東京たぬきそば」、「大阪たぬきそば」、「京都たぬきうどん」の3種があるらしい。東洋水産(マルちゃん)では、「赤いきつね」と「緑のたぬき」があるが、「赤いきつね」はうどんであり、「緑のたぬき」は「天そば」で「天ぷら」入りのそばである。しかし、マルちゃんには、「紺のきつねそば」が存在するようだ。これには、意味深な、「東向け」と「西向け」があるようだ。「西向け」「紺のきつねそば」は、果たして大阪でも販売しているのだろうか?



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